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高知簡易裁判所 昭和36年(ハ)1016号 判決 1963年12月03日

判   決

高知市水通町五八番地

原告

中川恒之

右訴訟代理人弁護士

小林盛義

高知市北高見町一一四番地

被告

早崎務

右訴訟代理人弁護士

細木歳男

右当事者間の昭和三十六年(ハ)第一〇一六号土地所有権確認等請求事件について、左の通り判決する。

主文

別紙図面表示の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(イ)の各地点を順次直線で囲にようした範囲内の土地(高知市竹島町字弥右衛門塩田一七一番畑一反六歩の一部)は、原告の所有であることを確認する。

被告は右地上の工作物及び植栽物を収去して右土地を原告に明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

当事者双方の申立

原告の求める裁判

主文と同旨。

被告の求める裁判

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告の請求原因

一、高知市竹島町字弥右衛門塩田一七一番池沼一反六歩(以下一七一番地という)は、原告の先代中川治平が明治二十二年六月二十一日訴外岡本久万から買い受けて所有権を取得し、同月二十二日その登記を了した。その後原告は大正四年二月六日家督相続により右所有権を承継取得してその登記を了し、昭和三十四年七月三十日地目を畑に変更して今日に及んでいる。

二、被告は原告所有の一七一番地の東北部に、農道を隔てて存在する同字一七三番田八畝二十二歩(以下一七三番地という)の所有者であるが、被告はその地先にあたる一七一番地の一部である別紙図面表示の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(イ)の各地点を順次直線で囲にようした範囲(以下本件土地という)に、恣に杭打ち或は砂止め等の工作を施してかさ上げをなし、これを自己の所有地であると主張して占有し耕作している。

三、よつて原告は本件土地が原告の所有であることの確認を求めると共に、これが所有権の妨害の排除として、その地上の工作物並びに植栽物を収去して本件土地の明渡しを求める。

被告の答弁並びに抗弁

一、原告の主張事実中、本件土地が一七一番地の一部であるとの事実並びにこれが原告の所有に属するとの事実は否認する。その余の事実は認める。

二、もし仮に本件土地が一七一番地の一部であるとしても、右は次の如く被告の所有に属するから原告の請求は失当である。

もともと本件土地は一七三番地のいわゆる「田がかり」の池として往昔より耕作の便益等に供せられてきたものであるところ、訴外足立季彦が明治年代に原告の先代中川治平より、一七三番地の所有権と共にこの池沼の所有権を買い受け、次いで訴外山口熊作が一七三番地の永小作権を取得すると共に訴外足立より右池沼の所有権を買い受け、更に被告の先代早崎虎治が明治四十四年八月訴外山口より一七三番地の永小作権を買い受けるにあたり、これが小作地の「田がかり」の池として右池沼の所有権をも買い受け、その後虎治死亡により被告が家督相続によつてその所有権を承継取得したのである。

三、もし右経緯による被告の所有権が認められないとするならば、被告は次の通り所有権の時効取得を援用する。

(イ) 被告の先代虎治は、前叙の如く右池沼(本件土地)を、その所有者なりと称する訴外山口より買い受け、爾来これを自己の所有と信じて疑わず、一七三番地の「田がかり」の池として水利或は鮒等の採捕に利用し、平穏公然に占有を継続してきたのであつて、その占有の始めは善意無過失であり、こうした占有がおそくとも明治四十五年一月一日以降始められたのであるから、その後十年を経過した大正十年十二月三十一日において取得時効が完成して所有権を取得し、これを被告が家督相続により承継したのである。

(ロ)  なお仮に被告先代虎治の右時効取得が認められないとしても、被告自らにおいて右訴外山口に対し、昭和十八年本件土地の買い受け代金を先代虎治と重複して支払いをなして以てこれを買い受け、爾来被告においておそくとも同十九年一月一日以降先代虎治と同様の事実関係の下に所有の意思をもつて善意無過失にこれが占有を始め、その後徐々にこれを埋立てて耕作する等、平穏公然に占有を継続してきたのであるから、その後十年を経過した同二十八年十二月三十一日において、時効により所有権を取得したのである。

被告の抗弁に対する原告の答弁

被告の抗弁事実はすべて否認する。

証拠≪省略≫

理由

一七一番地がもと訴外岡本久万の所有であり、これを原告の先代中川治平が明治二十二年六月二十一日右岡本から買い受けて所有権を取得し、同月二十二日その登記を了した事実、原告が大正四年二月六日家督相続により右所有権を承継取得してその登記を了した事実、はいずれも当事者間に争いがない。

被告は本件土地が一七一番地の一部であることを争うところ、成立に争いのない甲第一号証と検証の結果を綜合すると、本件土地は一七一番地の東端部を占める一部であることが認定され、右認定の妨げとなる資料はない。

ところで被告は「仮に本件土地が一七一番地の一部であるとしても右は次の如く、(一)原告の先代中川治平より明治年代訴外足立季彦に、(二)次いで訴外足立より訴外山口熊作に、(三)更に訴外山口より明治四十四年八月被告の先代早崎虎治に、順次売買によりその所有権が移転されたのであつて、最後に被告が先代虎治の家督相続をなしてその所有権を取得した。」と抗争するが、右にいう第(一)次の原告先代と訴外足立間における本件土地売買の事実を認め得る証拠はない。してみると第(二)次以降における所有権の変動についてはその前提を欠くものというべきであるから、爾余の事実の有無についての判断を俟つまでもなく被告の右抗弁は理由がなく、失当として排斥を免れない。

次に被告は本件土地につき、第一次的にはその先代虎治の、第二次的には被告自らの、それぞれ十年間自主占有による所有権の時効取得を援用するので、以下これが当否を検討する。

いうまでもなく他人の不動産に対する平穏且つ公然の自主占有にして、十年の短期時効によつて所有権を取得するがためには、自己の所有であると信じてなすその占有の始めが善意であることと、そう信ずるについて過失のない場合であることを要する。そうして右要件事実のうちで、占有の善意ということについては法律上の推定を受けるけれども、無過失ということについてはかかる推定がないから、従つて時効を援用する者においてこれを具体的に主張し且つ立証しなければならない。

右抗弁において被告は、占有の始めにおける過失の有無に関し「本件土地が一七三番地の「田がかりの池であつた」ということと、そしてこれを「その所有者なりと称する訴外山口熊作より一七三番地の田がかりとして買い受けた」と主張するのみで、こうした売買に基く本件土地を自己のものであると信ずるにつき無過失であつたという点について、それ以上何等これを具体的に主張もしなければ立証もしない。つまり当時の真の所有者が果して訴外山口であつたか否について登記簿の調査を行つたり、或は隣接地との位置乃至は形状の関係からして、果してそのいわゆる田がかりとして他の所有者に属することなく実在したかについて土地台帳付属図面等の調査を行つた、というが如き事実に関し何等これを主張立証しないのである。

およそ不動産の取引をするにあたつては、当該不動産が何人の所有に登記されているかについて登記簿の調査をなし、或はその不動産が土地であつてしかも被告のいうが如く或る土地が隣接する別個の土地に利用されているような関係即ちそのいう田がかりの如きがあるような場合には、公図即ち土地台帳の付属図面等により、その形状乃至は隣接地との位置関係がどのようになつているか等の調査をなすことは、通常の注意をはらう人ならば――こうした公簿の調査をしなくとも真実の所有者乃至は目的土地の隣接地との所在関係が明瞭な等特別の事情のない限りは――誰しもこれを履践して以て登記簿等の記載に信頼して取引をするのが、世上一般に行われている実情なのである。もとより登記にいわゆる公信力はないけれども、登記によつて公示された物権の得喪変更は、一応真実に符合するものであるとの推定を受け、以て不動産取引の安全が保護されている法意に鑑みるならば、被告においては須く右登記簿等の調査の怠らざりしことを主張し立証すべきであろう。

しかしそうは言つてみても、もしも被告の先代虎治において或は被告自らにおいて、それぞれその占有を始めたという当時、土地台帳付属図面を調査して実地に対照し且つ登記簿の調査をなす等のことを履践していたならば、本件土地が一七一番地の一部であるということと、しかもその所有者として登記簿上、被告先代虎治が占有を始めたという当時にあつては中川治平に、また被告自らが占有を始めたという当時にあつては原告に、それぞれ登記されていたことが容易に判明し得た筈である。そしてこのことは成立に争いのない甲第一号証及び甲第五号証と検証の結果に徴して明認されるところである。

叙上の如く被告の第一次的及び第二次的時効の抗弁は、要するにいずれもその占有の始めにおける無過失についての立証がないことに帰するのみならず、否却つて右に見たところに基いて次に説明するように、その占有の始めにおいて、一般になすべき注意を欠いた過失があつたものといわざるを得ない。もとより前掲調査の履践につき主張立証がないからとて、被告先代や被告においてこれをしなかつたものと速断するのは、聊か早計に過ぎるようではあるが、しかし現実に調査したとすれば容易に判明し得た筈の事柄であるだけに、これを実行しているとすればそれにも拘らずなお自己のものと信ずるにつき過失なしとして占有を始めるというが如きことは、社会通念上あり得ないことに属する。それゆえかかる観点から窮局において被告先代や被告は、いずれも右の調査はこれをしなかつたものと断ぜざるを得ず、従つてその不注意による不利は免れることができない。よつてこの点において既に被告の右抗弁は理由がなく、爾余の要件事実についての判断を俟つまでもなく失当であるからこれを排斥する。

かくて本件土地は既に明らかにしたように、一七一番地の一部として原告の所有に属するところ、被告がこれを自己の所有と主張して原告の所有権を否認している事実は弁論の全趣旨に徴し明らかであり、また被告がこれに杭打ち或は砂止め等の工作を施し、かさ上げをなしてこれを占有耕作している事実は当事者間に争いがない。

してみるとその占有支配の権原につき、他に何の主張立証もない本件においては、畢竟被告は権原なく原告所有の本件土地に工作を施し、これを占有耕作して以て原告の所有権を妨害すると共に原告の所有権を否認しているものというべきであるから、原告の右所有権の確認を求め且つ所有権に基く妨害の排除並びに土地の明渡しを求める本訴請求をすべて正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

高知簡易裁判所

裁判官 市 原 佐 竹

(別紙図面省略)

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